ベートーヴェン: 交響曲第9番のアニヴァーサリーに寄せて(2024年5月7日)
そういえば、今年の演奏会も残すところ年末の小泉和裕指揮、東京都交響楽団によるベートーヴェン: 交響曲第9番を残すのみとなった。今年はこの楽曲が初演されて200周年、引っ越したばかりでアニヴァーサリー当日はブログにまで手が回らず、FacebookとInstagramに長文を投稿したのだった。折角の記念年なのでブログにもこの駄文を掘り返しておきたい。
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ベートーヴェン: 交響曲第9番 ニ短調 作品125。あの『合唱付き』初演から今日で200周年、アニヴァーサリーに寄せて一音楽愛好家として駄文を寄せたい。
この曲を初めて聴いた時は長さに閉口した。最初に聴いたCDは、ラトル&ウィーンフィルの交響曲全集から。当時としてはかなり斬新なアプローチで、編成を削ってビブラートを絞りつつも、ラトル特有の揺らしが効いてくる演奏。正直退屈した。第1楽章からゆったり… 第2楽章の永遠に繰り返すティンパニのリズム。第3楽章は美しいカンタービレだが、そこに到達するまでに体力を使い果たしていた。そして第4楽章… 合唱が入ってこない。呈示部が済むと漸く展開部でバリトン独唱が入ってきた。長かった。だから途中で寝落ちした。後から気づいたが、この録音は最初に聴くべき録音ではなかった。この曲に慣れてから聴いたら面白かったのだけれど。
私はベートーヴェンという作曲家の、特に奇数番の交響曲に時として見られる特質に共感できない。悪く言えば、その革命的な押し付けがましさであり、同調圧力である。特に「第九」などその典型で、先に触れた第2楽章の延々と続く同じリズムで迫り来る音楽もそうだが、何より第4楽章の歌詞がいただけない。あれだけ美しいカンタービレの後に「おお友よ、このような音楽ではない」から始まり、挙げ句の果てには「ひとりの友の友となるという大きな成功を勝ち取った者、心優しき妻を得た者は彼の歓声に声を合わせよ。そうだ、地上にただ一人だけでも心を分かち合う魂があると言える者も歓呼せよ。そしてそれがどうしてもできなかった者はこの輪から泣く泣く立ち去るがよい」という「ボッチは出て行け」宣言である。この同じ方向を「向きましょう」ではなく、「向け、さもなくば出て行け」という異質な同調圧力には居心地の悪さを感じるのであった。

しかしながら、ベートーヴェンの「拳を叩きつけるような調子」「フィナーレへ向けての限りない高揚」(岡田暁生『西洋音楽史』)は、時としてそんなことも忘れさせるものなのである。実際、私も第9番に限らず、ベートーヴェンの交響曲を聴く際に気付けば曲の持つ熱量に呑まれる体験をしてきた。この曲を初めて聴き通せたのは、何と実演だった。2019年12月の小泉和裕指揮、九州交響楽団。迫力に呑まれる心地がした。振り返れば、小泉監督の比類ない構築力と牽引力、そして何より緊張感がこの上なく作用していた。速めのテンポで全く弛緩とは無縁、この曲が持つエネルギーを還元して渦を巻き起こした。あっという間に第3楽章に入り、カンタービレでは一転して心洗われるような清らかな旋律。もう圧倒されていた。そして区切れなく突入した第4楽章。合唱も気付けば終わってしまっていた。
小泉和裕の緊張感のある指揮から生み出されるゴツゴツと角張った質感、随所で同じフレーズを意識させるような工夫、全く弛緩しない緊張感。まるで両腕から各奏者へ糸で張られたような、指揮者に対する奏者の反応の速さも素晴らしかった。この小泉和裕と九響の音楽への没入が莫大なエネルギーを放射しつつ渦巻き、フィナーレへ向けて「そんなの関係ない」と思わせられるような高揚を生んだに違いない。それゆえ、この曲は小泉和裕という指揮者の解釈が私の中で最もしっくりくるのである。
このような楽曲に対する没入感は一期一会のもので、指揮者とオーケストラが相思相愛でないと絶対にできないと私は確信する。意欲的に熱量を吹き込み煽る指揮者とその熱量を増幅させるオーケストラ、この関係は時に音響を飽和させてしまうこともあれど、そのとき居合わせた人しか体験できない固有の興奮を沸き起こす。それはオペラかもしれない、あるいはロマン派音楽かもしれない。でも、間違いなくベートーヴェンという作曲家は、そしてその中でも1時間以上かけてエネルギーを増幅する交響曲第9番は、マスを巻き込むという点では他の曲を遥かに凌駕する熱狂を巻き起こす存在なのであろう。
私はこの曲に出会えて幸運だった。ベートーヴェンの同調圧力に呑まれて幸運だった。だからこそ、何回も小泉和裕の「第九」を聴きに行きたい。またあの巨大なブラックホールの中に吸い込まれ、逆上せあがる体験をしたい。そんなことをだらだらと考えながら、今夜もベートーヴェンの「第九」を聴いている。(2024年5月7日)
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今年の第九には、迷いなく小泉和裕監督の演奏会を選んだ。再びあのパワー・新鮮さに触れたいので、演奏会まではこの曲の録音を聴くのは控えておこう… などと思った。楽しみだ。
サー・サイモン・ラトル&バイエルン放送交響楽団(2024年11月24日@川崎)
昨日のサイモン・ラトル/バイエルン放送交響楽団。「こんな演奏を聴いても良いのか…!」と思わされる圧倒的な体験は、そう簡単には訪れない。5年前のズービン・メータ/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のブルックナー8番に匹敵する、人生の指針となるであろう聴体験。昨日は余韻で眠れず、流石に真面目に文章化して記録しておくことにした。

【プログラム】
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン
1. ピアノ協奏曲第2番 変ロ長調 作品19*
アントン・ブルックナー
2. 交響曲第9番 ニ短調 [コールス校訂版]
チョ・ソンジン (Pf)*
サイモン・ラトル 指揮
バイエルン放送交響楽団
ミューザ川崎シンフォニーホール
(2023年11月24日 17時開演)
前半のベートーヴェン: ピアノ協奏曲第2番から非常に感動的な演奏。10型のコンパクトな編成の機動力を活かし、内声の深い彫琢と若々しい情熱が共存したオーケストラに、チョ・ソンジンの軽快でクリアなタッチのピアノが煌びやかに絡む。基本的に短いフレーズを繋ぎながらうねる第1楽章は、この楽章がAllegro con brio であることを再認識させるもの。時に現れる連符動機の頭に持ってきたアクセントに、同じ作曲家の交響曲第5番に通じるエネルギーを感じる。そして、推進力のある両端楽章に対して、第2楽章は同じ作曲家の交響曲第9番に繋がるように深い祈りを湛え、さながら柔らかな陽光に包まれるような優しい包容力を持つ。時に中低弦の旋律が湧き上がり、独奏ピアノと有機的な対話を見せる。アタッカで入った第3楽章のロンドは、弾むリズムが印象的で洒脱な愉悦と陽気で冗談めいた気品に満ちたもの。アンコールのハイドンとの繋がりも納得させられた。軽妙な作風にハイドンの影を残しつつも、特に第1楽章のみるみる増すエネルギーや、第2楽章の無限に広がるかのような世界観はベートーヴェン固有のもので、のちの作品への道を示したラトルの解釈に納得感が強く残った。
チョ・ソンジンのピアノは今回で3度目だが、繊細な歌い口だが立体的、明確な輪郭を持つその響きの美しさに毎度驚かされる。特に今回の2番の協奏曲は細やかに粒が立つ彼の美質が遺憾なく発揮され、ラトルもオーケストラとピアノを行き来して、室内学的な息遣いを感じる温かな演奏だった。

後半のブルックナー9番が格別感銘深く、劇的な構築と祈りを湛えた深い呼吸の歌、構造の美質が遺憾なく示された途轍もない圧巻の名演。
第1楽章のきめ細かなトレモロが自在に抑揚をつけながら高揚する様にまず驚かされるが、それに乗る各主題の鮮やかな描き分けには一際目を見張った。第1主題は内なるエネルギーを地から天へと引き上げるように立ち上らせる。第2主題のピツィカートは雨垂れのような明瞭な輪郭を持ち、弦5部の各声部が重層的に調和するため、弱音でも音圧に事欠かない。第3主題は滑らかに深い呼吸でシルキーに歌いながら丹念に紡がれる。提示部でのこれら主題の描き分けが、展開部、再現部と経るごとに螺旋状に極めて有機的に重なる。まるで雲間から陽光が差して織りなすように、柔らかな主題のそれぞれがテクスチュアを作り、無意味な瞬間すらなく常に絡み合う。例えば、弦5部のトレモロでも的確に調合を変えるなど、常に変化しながら緊張感を増す世界にひたすら手汗が止まらない。
第2楽章では、第1楽章第2主題に通じるピツィカートの重みがまず印象的。ピツィカートひとつとっても、弦5部それぞれのみならず、尖った質感の木管すら調和し驚くほど色彩豊か。続く同音反復も立体的な構造を保ち迫力満点、それでいて厚塗りになることが全くない。トリオの木管の主題はフルートに耳が行きがちだが、今回の演奏では煌びやかなフルートを包み込むようなクラリネットの存在感が何より印象的で、緊張感に満ちた中に楽器同士の符合したカラフルな音楽を見出せたのが収穫だった。また、ピツィカートを旋律より一瞬だけ早く引き込むことで、ゲネラルパウゼに残る余韻により厚みが増すことも新しい発見で目から鱗だった。
そして、第3楽章がさらに輪をかけて感動的だった。第1楽章第3主題に通じるように、深い呼吸で歌われるものの、単純な旋律線には決してならず、ここでも常に多層的な世界ががひとつの太い筋となって奏でられている。ここでもやはり旋回しながら幾重にもわたるヴェールのようにテクスチュアが変化する様が絶品。また、バス声部の一体となったリズムで推進するも、その当てもなく彷徨う様に不安を感じさせる。「次に何が起こるかわからない」中で緊張感も漲り、ゲネラルパウゼで広がる響きもこの上なく美しい。特に、面で奏される金管のコラールの荘厳な響きに(特にワーグナーチューバの美しさは言いようもない)、弦が不安げに顔を覗かせて生じた不協和音のカオスと、広めにとられたゲネラルパウゼを経て、静寂・浄化へと天に昇るように還っていくフィナーレの糸を引くような余韻が殊更美しく胸に刻み込まれた。そして、糸を引くように目に見えて舞台から天井へ立ち上った最後の余韻を会場で一体となって見送ったあの瞬間は忘れられないだろう。

この川に もみぢば流る おく山の 雪げの水ぞ 今まさるらし
-古今集 冬歌 三二〇
終演後、ふと心にこの和歌が浮かんできた。雪解けの日のように温かな響きの中、冷たい水に色鮮やかな紅葉が流れる寂寥感を感じさせるブルックナーの終楽章の静寂。ラトルの劇的な構築と旋律の有機的な結合があってこそ、この境地が待っているのかとしみじみと感じられた。
指揮者、ソリスト、オーケストラ、楽曲、ホール、聴衆。全てが完璧だった、一期一会の演奏会。大好きなオーケストラをようやく聴けて、しかも最高の演奏で聴けた。音楽を聴く上で、これ以上の幸せはないだろう。昨夜の出来事は、一生忘れられない思い出として、深く心に刻み込まれるに違いない。

一期一会の世界に恵まれて ~2023年 演奏会総括~
2023年も今日大晦日を残すのみとなった。これまで演奏会記録はTwitterにつけてきており、ブログという形で纏めたことはなかったが、今回学生時代最後の年度でもあるし、今年1年についてゆっくり振り返りたく思い、ブログで纏めてみることにした。
今年は海外オーケストラ、国内オーケストラを中心に、55公演に触れることができた。その中でも、特に感動した演奏会について今日は振り返りたい。

1.海外オーケストラ
まずは海外オーケストラの公演を振り返りたい。海外オーケストラには、合計7公演足を運んだ。その中でも特に感動した3公演を、時系列順にピックアップしたい。
①ラハフ・シャニ/ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団@大阪
長い間聴きたかったシャニの実演に触れたのが、6月のロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団の来日公演だった。プログラムはチャイコフスキー: ヴァイオリン協奏曲(Vn: 諏訪内晶子)と交響曲第6番《悲愴》を軸にしたもの。コロナ前以降久しぶりの実演となった諏訪内晶子の官能的で絡みつくようなチャイコフスキーに酔いしれただけでなく、何よりシャニが構築するチャイコフスキーの精緻さに感銘を受けた演奏会だった。均質なカンタービレで歌わせる主題を軸にしながら、整った響きの中で拘られた細やかなテクスチュアの移ろい、的確なアクセント付けで意識される主題の展開、歌う旋律同士が有機的に結合するチャイコフスキーの美質を最大限に生かしただけでなく、終楽章に向けた無理のない極致設計も鮮やかだった。何という美しい《悲愴》だろうか。こんなチャイコフスキーが聴きたかった。それを叶えてくれたシャニには感謝しかない。無念の中止となった11月のイスラエル・フィルハーモニー管弦楽団も聴きたかった。
②シルヴァン・カンブルラン/ハンブルク交響楽団@福岡
前述するシャニのチャイコフスキーを聴いた後、1か月でまたしても理想的なチャイコフスキーを聴く幸運に恵まれた。それがシルヴァン・カンブルランとハンブルク交響楽団による交響曲第4番だった。実はこの曲こそ、チャイコフスキーの交響曲の中で最も好きな曲である。弦主体に精密に設計され、対位的な充実をこれでもかと魅せられては、「感動を超えて大感謝」という当時のツイートの言葉にも今更納得するしかない。爆発的な演奏に陥りやすいこの曲の、特に苛烈な主題に挟まれた沁みいるような叙情を自然ににじませながら、金管が突出せずに均整の取れた響きの中で劇的な物語を生み出した演奏にはひたすら感銘を受けるばかりだった。また、前半に演奏されたショパンの協奏曲でも、それまで面白さを見出せなかったこの曲に、独奏ピアノと管楽器の対話という魅力を見出せたのも、甘い情感表出を排し、金管にナチュラル楽器を使いながら室内楽的に設計するというカンブルランのアイディアがうまく楽曲と結びついたからであろう。
③トゥガン・ソヒエフ/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団@ソウル
11月にウィーン・フィルハーモニー管弦楽団をソウルまで聴きに行ったことは、間違いなく今年のいちばんのハイライトとなった。指揮者のトゥガン・ソヒエフは確かに定期的にNHK交響楽団を振りに来ているが、私はどうしてもウィーン・フィルハーモニー管弦楽団で聴いてみたかった。以前に配信で聴いたチャイコフスキー: 交響曲第4番が、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の響きを大切にしながらも、ソヒエフの独特な解釈を再現した素晴らしい演奏であり、ソヒエフがこの楽団と良好な関係を築いているように思われたからである。
本当に行って良かったと思う。粘り強く歌を引き出すソヒエフ、光沢感と濃厚な艶を表出するウィーン・フィルハーモニー管弦楽団。両者の良さが対立するのではなく、互いにそれぞれの良さを理解した上で尊重しながら、片方だけでは決してたどり着けない高みにホール全体を連れて行ってくれた体験だった。特に2日目のベートーヴェン: 交響曲第4番とブラームス: 交響曲第1番は、この2曲で軽重、リズムと叙情などの対比を作りつつ、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団が伝統的に持っている固有の響きを最大限に生かしながら、それを尊重するようにソヒエフが粘り強く潜らせるような歌い込みと重戦車のような低い重心でたっぷり情感を吹き込んでいて圧倒的だった。それだけでなく、両者が音楽を心から楽しんでいる様子が音楽からも感じ取れ、聴いている私もその極上の響きに包まれてとても幸せだった。こんな演奏をまた全身に浴びたいと思わせられる演奏会だった。

2.国内オーケストラ
国内オーケストラは、地元の九州交響楽団を中心に通いながらも、遠征などを通じて在京オーケストラ、名古屋、関西と幅広く聴くことができた1年だった。コロナ禍では全くなかった声楽作品も多くなり、かなりレパートリーも広げることができた1年だったと思う。バッハ《ミサ曲ロ短調》、メンデルスゾーン《讃歌》、ベートーヴェン《ミサ・ソレムニス》、ロイド・ウェッバー: レクイエム、ブラームス《ドイツ・レクイエム》…宗教曲にも多く触れられた1年だった。以下、特に感銘を受けた5公演を時系列順に振り返る。
スダーンを初めて聴いたのが、今年2月の九州交響楽団の定期演奏会だった。この演奏会では、九州交響楽団のポテンシャルが遺憾なく引き出されたのではないか。メイ ンのシューベルト: 交響曲第8番(D944)では、木質の響きと弾むリズム、愉悦に満ちた繰り返しが幸せだった。この曲自体は実は長い間苦手としていたが、この実演を機に、こんなに楽しい曲だったのかと驚かされたものである。バッハに通じるような軽やかさとシューベルトの歌心を両立した演奏だったが、終楽章の怒涛の追い込みもまた非常に胸が熱くなるハイライトだった。これまで掴めなかった曲に楽しさを見出せるようになる。これこそ実演の醍醐味かもしれない。
リヒャルト・シュトラウス《アルプス交響曲》は、言うまでもなく私の最愛の楽曲のひとつだが、4月にパーヴォ・ヤルヴィがNHK交響楽団と描いてくれた音風景は実に鮮やかで、説得力のある名演だった。ヤルヴィは明晰な響きで果敢に登山者を突き進ませていくが、頂上にたどり着いた瞬間にテンポをグッと落として眼下の世界があまりに壮大であることを突き付けてきたのである。この瞬間、私には自然のスケールの大きさと人間の相対的な小ささが鮮明に対比され、ヤルヴィの解釈がストンと腑に落ちた感覚だった。下山後のしっとりとした質感の哀歌には、自然に圧倒された人間の登山の名残惜しさが存分に感じられ、これはまさに「アンチクリスト」の名演だったのではないか。
③鈴木秀美/名古屋フィルハーモニー交響楽団(6月定期)
間違いなくこの1年、演奏会で最も幸福な瞬間は鈴木秀美/名古屋フィルハーモニー交響楽団によるベートーヴェン《ミサ・ソレムニス》の「ベネディクトゥス」で舞い降りてくるヴァイオリン独奏を聴いたときだっただろう。「クレド」「グローリア」での積極的な信仰告白が報いられ、天上からシルクのように柔らかく品のある光沢を帯びたヴァイオリン独奏が螺旋階段のように舞い降りる。この瞬間ほど幸せな瞬間はなかっただろう。全体として完全なピリオド・アプローチだが響きに温かさがあり、心の中の空気が全て入れ替わったような清々しさがあった。鈴木秀美の演奏会に触れるたびにさまざまな発見をしてきたが、この《ミサ・ソレムニス》でもテクストと楽器の結びつきが充実しており、新鮮な感動を得ることができた。国内オーケストラの演奏会では、今年いちばん印象深かったといって間違いない。

小泉和裕は何度も書いている通り、私が最も聴いてきた指揮者であるが、その魅力は主題回収に重きを置いたぶれない解釈と堅牢に構造を掴む骨太の音楽にあると言って良いだろう。だからこそ聴く度に新たな発見が必ずある。
10月に東京都交響楽団で聴いたブルックナー: 交響曲第2番は、小泉和裕の真骨頂だった。間違いなく、今まで聴いた小泉和裕の演奏会で最も解釈の再現度が高かった。ブルックナーの交響曲第2番は、彼の交響曲の中でも大好きな曲のひとつだったが、解釈も納得感のある安定したものだった。明確に刻んだリズム動機に、濃厚にテヌートした旋律が有機的に対話し、高密度のトゥッティに生命力が吹き込まれ続ける。展開するたびに熱を帯びる小泉和裕の指揮。旋律が次々と実を結び、開放感のあるフィナーレに至ったときには茫然自失で、思わず涙ぐんでしまった。一方、丹念に掬いながら織り込んでいく第2楽章も息を呑むほど美しかった。小泉和裕の大好きなところが存分に出た、感動的な演奏会だった。このコンビは今後も定期的に聴いていきたい。心の底からそう思った。
小泉和裕が九州交響楽団で音楽監督をしていることは、明らかに楽団にプラスに働いていると思う。その理由が、大編成と声楽付き作品にある。どのようなホールでも確実に響きを作る小泉和裕の職人的な技術が、九州交響楽団のアンサンブル力を高めたことは、コロナ禍以後に本格的に聴き始めたこの数年でも明らかである。
そんな小泉和裕が、九州交響楽団で12月に取り上げたのが、ブラームス《ドイツ・レクイエム》だった。コロナ禍で曲目変更となった第400回定期演奏会で取り上げる予定だった曲目だけあって期待も大きかったが、その期待を超える素晴らしい演奏だった。統率された合唱と豊潤なオーケストラが調和し、滑らかに包み込まれるような歌に癒される1時間10分だった。
そんな中で、地上から天上へ上り、天上を称え、地上に降りてくる様がまるで登山のようだった。第1曲で地上を慰め、第2曲では力強く牽引力のある登山が始まる。第3曲ではバリトン独唱が天上の扉を叩き、赦されて第4曲で合唱は天上へ向かう。第5曲では、ソプラノ独唱と共に天上を称える。第6曲では下山するが、途中嵐が起こり苦悶する。第7曲では地上に戻ってくるが、第1曲にはなかったヴァイオリンが加わって充足感に満たされる。この曲は第5曲を中心とする対称構造ではないか。地上では中低音が活躍し、天上では高音が活躍する。リヒャルト・シュトラウスを見出すような妄想をしながら聴いたのをよく覚えている。シュトラウスご本人には怒られそうだが、特に《アルプス交響曲》との連関を妄想してしまったのだった。
話が飛躍してしまったが、そんな想像を膨らませるぐらいには、この演奏には発見が多かった。小泉和裕の指揮は安定している。それが私に謎解きのような発見を与えてくれるのは毎回のことだが、九州交響楽団を定期会員で聴いてきて、特に発見が多かった演奏が、この《ドイツ・レクイエム》だったことは間違いない。また、小泉和裕の大編成や声楽作品に触れられる日が待ち遠しい。
3.室内楽公演
リサイタルなどの室内楽公演には今年も一定数触れることができたが、そのいずれもが高水準の感動体験であり、特にピックアップするのが難しい。特に、高校の先輩にあたる中村太地さんのリサイタルやトリオ公演には毎年感銘を受けているので、是非取り上げたかったのだが、今回は特に鮮烈すぎる体験を提供してくれた以下3公演を振り返ろうと思う。図らずも3公演ともピアノリサイタルである。
①ファジル・サイ@福岡
ファジル・サイは作曲家でもある。一度彼の作品に実演で触れる機会があったが、非常に興味深い作風だった。したがって、来日してバッハ《ゴルドベルク変奏曲》やシューベルトのピアノソナタを弾くとなると、期待せずにはいられなかった。
1月に実演に触れてみると、それは想像をはるかに超える衝撃的とでもいうべき体験だった。作曲家らしく楽曲を解剖し、他称的な視点から鋭く削り、氷のように冷たい響きで解釈された明晰なピアニズムがとにかく面白かった。三人称的な視点から解釈しているのにもかかわらず、《ゴルドベルク変奏曲》のト長調の快楽に挟まれた、ト短調の押し込められた哀しみの美しさは格別のもので、昨年10月に聴いたラン・ランの同曲と 丸っきり異なる印象を受けた。そしてアンコールのドビュッシーの混じりけのない純粋な世界が銀世界のような美しさだった。私と彼は全く別の世界を見ている。強烈な体験だった。
②アンドラーシュ・シフ@川崎
10月に川崎で聴いたアンドラーシュ・シフ。プログラムは当日舞台上で発表され、シフの解説付きで旅する演奏会。これもまた新鮮だった。磨かれたまろやかな響き、自然に湧き出る叙情。長旅に楽しく御伴させてもらった充実した時間だった。特にシューマン《ダヴィッド同盟舞曲集》は一度聴いてみたかった楽曲で、それをシフの素晴らしい演奏で聴くことができたのが嬉しかった。「フロレスタンとオイゼビウス」このふたりの対比を、しっとりとした歌と燃えるような葛藤の中に見出した演奏だった。また、ベートーヴェン: ピアノソナタ第17番《テンペスト》も、ベートーヴェンの楽曲の中に清澄な響きのバッハと、深い彫琢、とりわけ迫りくる低音の反復の中にシェイクスピアの持つ劇的な昂ぶりを感じられ、この両者の見事な融合に心躍った時間だった。

③藤田真央@福岡
シフの3週間後に聴いた藤田真央も屈指の感動体験だった。劇的ながら明快、決して濁らず澄み渡る響き、そして藤田真央ならではのさまざまな創意工夫。今年のリサイタルで藤田真央は4度目だったが、最も感動した演奏会だった。最強音の直後に間をとって、その余韻から繊細に滲ませた弱音の美しさには何度も息を呑んだし、リストのロ短調ソナタでの苛烈な強音とまろやかに歌わせた弱音の対比も印象的だった。そして何より、岡田暁生『西洋音楽史』p. 111で指摘されているチェリビダッケの言葉「交響曲は拡大された弦楽四重奏であり、弦楽四重奏は交響曲のミニチュアだ」を聴きながら思い出した。これが何を意味するのか。いかに藤田真央の左手と右手の結びつきが有機的であり、音楽が立体的だったかということだろう。
4.その他
①プッチーニ《トスカ》[演奏会形式](フレデリック・シャスラン/読売日本交響楽団)
東京・春・音楽祭で実演に触れたプッチーニ《トスカ》も忘れられない体験となった。オペラ聴き始めの頃であったこの作品だが、そのときスカルピアを歌っていたのはブリン・ターフェルだった。あの凄まじい眼光をどうしても忘れられず、今回の実演は逃せないと思っていたので、この公演はプログラム発表時から楽しみで仕方がなかった。
そして、長年の目標がまたひとつ叶った。人生の目標のひとつが叶ったと言っても良い。円熟味を増し、渋みを増したターフェルから滲むような皮肉的な表現、堂々たる歌唱… レジェンドとはこういうものなのかと打ち震えたあの立ち姿とオーラを忘れられない。これが見たくて、聴きたくて演奏会に通っているのだと本気で思った。あそこまでスカルピアになりきれる歌手はどれほどいるのだろうか。圧倒されてしまった。他のキャストも当然良かったのだが、ターフェルの凄みにすべて持っていかれたような心地だった。もちろん、劇場指揮者シャスランは手堅くツボを押さえた指揮で、プッチーニの恍惚とするような響きと旋律の美しさ、劇的な感情の起伏を歌手にピタリとつけた職人技を披露しており、その指揮ぶりも素晴らしかった。
②ソニア・ヨンチェヴァ ソプラノ・コンサート(フランチェスコ・イヴァン・チャンパ/東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団)
今を時めくソプラノ、ソニア・ヨンチェヴァのプッチーニに惹かれたのはいつのことだったか… このソプラノを実演で聴く機会がどうしても欲しい。そう思いながら、昨年は東京に遠征しながら他の公演とバッティングしてしまって聴けずにいた。そしてようやく都合がついたので、9月に東京に飛んでリサイタルを聴くことができた。
彼女の素晴らしさ…各役柄を芯から咀嚼して解釈し、自らなりきってしまうところを目に焼き付けることができて本当に良かった。白葡萄のような淡い色彩感と輪郭の丸さ、美しい歌唱で繊細に描かれる心の動きの機微を捉えたときの喜びは格別だった。特にプッチーニ《マノン・レスコー》のアリアでは、絶望感と悲哀が管弦楽と一体となってうねり、思わず共感し、同情してしまうような没入感だった。こんな歌手をこれから何度聴けるだろうか。聴きに来れてよかったと心底思わされるコンサートだった。願わくば、ヨンチェヴァの《マノン・レスコー》を舞台で全幕観たい。そんな新たな目標もできた。

振り返りが非常に長くなってしまったが、今年も充実した1年だったことは間違いないようだ。ただ、今年はやはり演奏会に通いすぎたきらいもあるので、来年からは量より質、ひとつひとつの演奏会に集中して、これまでより遥かに多い情報量を捉えられればと思う。来年も感動的な演奏会に多く巡り合えますように。
演奏会という非日常への旅を志向して
「私は何のために演奏会に通っているのだろう」-ルートヴィヒ・ファン・ ベートーヴェン (1770-1827) のピアノソナタ第11番を聴きつつ、今年1年の演奏会記録を見返しながら、ふとこんなことを考えた。クラシック音楽が好きだから、オーケストラが好きだからと言っても、年間数公演しか演奏会に行かない人も周りにいるのに、なぜ私はこんなに演奏会に通っているのだろう。そもそも、私が演奏会に求めてきたものとは何なのだろう。ふと訪れた疑問が頭の中を渦巻き妄想が妄想を飛躍させる。それでも、折に触れて根源的な疑問について熟考することは大切だと思うので、思考を整理して記録として残す意味合いで、今回は書き起こしてみようと思う。
そもそも、そんな疑問を深刻に捉える必要はないのではないか。確かにそうである。クラシック音楽を聴くこと、特にコンサートホールという場所で生の音楽に触れることにはかけがえのない喜びがある。だからこそ、「実演に触れるのが好きなのだから、そんな疑問に付き合わなくても良いではないか」と今まで思ってきた。特に大学に入学して数年は、コロナ禍明けほど多くの回数行くこともなかったし、別の都市に遠征することもほとんどなかったから、考える必要もなかった疑問である。しかし、コロナ禍明けから4年間を見てみると、特にここ3年は年50回以上演奏会に行くまでに至った。もちろん繁忙期と閑散期はあるが、平均すると1週間に1回は演奏会に行っている計算になる。もはや、日常に溶け込んでいるレベルという計算結果になってしまったのである。

振り返ってみれば、大学に入学した当初は、演奏会に「通う」という発想はなかった。そもそも演奏会のチケットは総じて高額なものだと思い込んでいた。しかしそれ以上に、初めは「録音などで見たことのある名前」を実演で聴いてみたいという、いわば「特別感」みたいなものを演奏会に求めていた。それまで録音でしか聴いたことのない演奏家の音楽が生まれる、まさにその場を体感したい。同じ空間に触れたい。心震える体験をしたい。そういったことを演奏会に期待していた。そのため、演奏会に行くという行為は、「非日常を楽しみに行くこと」とまったく同義だったのである。したがって、演奏会に触れるようになった初期のころは、演奏会には月1回行くか行かないかという程度だった。
私の演奏会活動が変化し始めたのは、九州交響楽団の演奏会に触れるようになってからだろう。それまで海外オーケストラの来日公演などしか触れていなかった私が、ある日大学の友人に「合唱で乗るから」と誘われて行ったのが、グスタフ・マーラー (1860-1911) の交響曲第3番の演奏会だった(2019年7月27日)。正直な話、マーラー自体それまでほぼ馴染みのない作曲家だったし、まして九州交響楽団はもっとなじみが薄かったので、掴みどころのない状態で私は会場に向かった。このときは、想像以上の素晴らしい演奏に驚いたのはもちろん、それまでほぼ一緒に聴きに行く人がいなかった私が会場で温かい聴衆の皆様やお見送りの楽団員の方々と知り合えたことで、私はその後九州交響楽団の演奏会に通うようになっていった。通うにつれて、先輩の聴衆の方々から音楽についてさまざまなことを教えていただいたり、そこから新たな繋がりが生まれたりして、音楽についての知識も経験も格段についた。また、コロナ禍以降は定期会員になり、好きな曲も苦手な曲も、馴染みが深い曲も全然聴いたことがない曲も、食わず嫌いせずにさまざま聴いたことによって、私の趣味はますます深く分厚いものとなった。ここまでくると、演奏会を軸に予定を考えるなど、演奏会はすっかり日常に浸透してしまっていた。私にとっては、日常的に音楽について「学ぶ」機会を提供してくれる場、これがこのころからの九州交響楽団の演奏会だと考えている。
しかし、コロナ禍後は特別なものだった演奏会がその後日常に浸透してしまうと、今まで楽しみにしてきた「特別感」が薄れてしまう。ここに私はどうしても満たされないものを感じていた。特別感を作るために、ネクタイコーデに凝り始めたり、遠征して来られる方との会食機会を積極的に作ったりもした。音楽について新たな発見を提供し、学び続けられる場として、演奏会は日常的に必要だと考えていたものの、それに付随する予定などに特別感を見出し始めたのである。結局この試みは私の音楽鑑賞をさらにそこの深いものにしたという点で、非常に意義深いものとなった。とりわけ首都圏から来られた方の中には、音楽についてのみならず、立ち居振る舞いなどで目標にしたいと思う方もいらっしゃった。さまざまな経験から、私の趣味と共に内面も再形成されてきたのを私は感じていた。

その方が良くおっしゃっている「旅と演奏会を組み合わせること」- このコンセプトも良いかもしれないと私は考え始めた。特に印象に残っているのは、ダニエル・バレンボイム (1942-) の来日公演で名古屋を初めて訪れた時のことである。コロナ禍で来日公演がすっかり減ったことも、演奏会に特別感を見出す難しさを痛感した要因だった。そんな中、ついにバレンボイムが来日してピアノリサイタルをするという。海外アーティストの来日が難しくなった中、クラシック音楽聴き始めから名前を知っている演奏家が来日する。しかも80歳近くでの来日だから、次回がある保証はない。このとき私は、大学に入学した当初の演奏会の喜びを思い出したのである。「これは必ず立ち会わなければならない」と思った私は、名古屋公演のチケットを入手し、名古屋へと飛んだ。目の前にバレンボイムがいて、平行弦ピアノから清澄なベートーヴェンを奏でる。その1時間半は忘れられない思い出となった。
このときから名古屋には何度か訪れた。一度聴いてみたいと思っていた名古屋フィルハーモニー交響楽団も数度聴いた。そこで聴いたアントン・ブルックナー (1824-1897) の交響曲第5番やリヒャルト・シュトラウス (1864-1949) の《アルプス交響曲》は強烈に脳裏に刻まれた演奏だった。これらの曲は、バレンボイムのベートーヴェンとともに、今年6月に名古屋を訪れた際に自然と脳内再生され、蘇ってくる記憶と化していた。旅と演奏会を組み合わせること - その地域それぞれの風土をじかに感じる旅と演奏会の記憶が紐づけられることで、より強固な思い出になっていることが私には新鮮だった。この特別感を味わいたい欲望にどうしても抗えず、バレンボイムのベートーヴェンを聴いて以降、私は福岡での演奏会を調整して遠征回数を増やしていくことになった。

どうやら私は、個々の演奏会に「特別感」「新鮮さ」を求めているらしい。これまでユースチケットや定期会員の恩恵にあずかり、私は格安でたくさんの演奏会を体験することができたように思う。もちろん、それ自体は非常にありがたいことである。しかし、日常の中に演奏会がすっかり浸透してしまうと、アクロス福岡に足を運ぶこと自体が全く新鮮なことではなくなり、演奏会から特別感を得るのが難しくなってしまった。聴いている音楽の大半が同一の演奏家の音楽であれば、ホームグラウンドの安心感と引き換えに、なおさらその新鮮さを感じるのが困難になる。加えて、演奏会は聴く方も体力を要する。実際に回数が増えすぎてしまうと、ひとつひとつの演奏会に対して集中力が不十分になり、その内容がぼやけてしまう経験もした。それでは、本来の私の目的からすると、わざわざチケット代を払って聴きに行く機会を大切にしていると言い難いとも思う。どのようにして演奏会に「特別感」を見出すか、それが現在の私の悩みである。
学生時代は定期会員という制度を使い、曲目に対する興味の有無に関係なく、さまざまな演奏会に満遍なく触れることができた。このことにより、クラシック音楽に対する興味の幅も広がり、特に「なぜこの演奏家はこの解釈をするのか」について思いを巡らせるようになった。この「聴き方」の基本的な部分が養われたことは、学生時代年間50回演奏会に通った成果である。同じ演奏家だからこそ、指揮者や作曲家による違いに気づきやすくなる。この基礎を作ってくれた九州交響楽団には本当に感謝してもしきれない。
では、その「基礎」の密度が増してきた今、どのようにして演奏会を「新鮮な体験」にしようか。そのヒントが「旅」であろう。先に述べたように、旅と演奏会を組み合わせることで、その土地の風土をじかに感じる体験と演奏会が紐づけられ、より強固な思い出が形成される。その土地を訪れると、以前に聞いて感動した演奏が脳裏に蘇ってくる。旅とともに、演奏会が「非日常」の一部となり、より新鮮な体験となるのは間違いない。また、旅をして旅先のオーケストラを聴くことで、地元の九州交響楽団と違った良さを見つけることもできた。普段福岡にいて九州交響楽団のみを聴くのではなく、旅をして旅先のオーケストラを聴くことで、九州交響楽団も違った切り口で見られる。旅先のオーケストラと地元のオーケストラ、それぞれで異なる魅力を感じられるのである。
ただ、個人的に演奏会に行くこと自体がマンネリ化していることは否めない。初めてコンサートホールに入ったときの高揚感。これから演奏会が始まるというときの緊張感。桁違いの情報量を浴びて呆然とする満足感。これらをフルに受け止められていないのではないか。演奏会の回数が多くなるにつれて、トレードオフのように新鮮味は失われていく。そんな中旅先で再び感じた高揚感や緊張感、満足感。ホームでもアウェーでも、そもそもコンサートホールという異世界を訪れる新鮮な体験、「会場に訪れれば以前の演奏で感動した記憶が蘇る」体験をこれからも大切にしたい。そのためには、無理のない演奏会計画を立て、ひとつひとつの演奏会に万全の集中力をもって臨まなければならない。

九州交響楽団の定期会員で日常的に育ててもらったからこそ、大学卒業とともに演奏会との付き合い方を変え、ひとつひとつの演奏会に「特別感」を見出したい。確かに演奏会に没頭することは素晴らしいことだと思うが、結果的に回数を減らして厳選した演奏会から、これまでの2倍、3倍の情報量を得られれば、充足感も全く違ったものになるだろう。
学生時代を終えたら、「量」より「質」を大事にしよう。演奏会という「非日常」に旅をしよう。そんなことを思う今日この頃。
抗いがたい同調圧力 ーショスタコーヴィチとベートーヴェンー
昨日9月25日は、ドミトリ・ショスタコーヴィチ(1906-1975)の誕生日だった。私自身決して好きだとは言えない作曲家で、録音、実演ともにどうも積極的に聴こうという気分になる機会が少ない。それでも、これまでショスタコーヴィチの実演に触れてきて、掴めないながら感動する不思議な感覚に自然となった体験もある作曲家である。
しかしながら、思えばショスタコーヴィチを積極的にと言わずとも、聴く機会はかつてに比べると段違いに増えた。いちばんの理由はアンドリス・ネルソンス(1978-)の指揮するボストン交響楽団で聴いた交響曲第5番が鮮烈な名演に心の底から感動し、最大限の賛辞を贈りたい気持ちになったことで、上手く「楽曲に乗せられてしまった」というものだろう。それから先、私は少しずつショスタコーヴィチに触れるようになった。今では時折聴きたくなる録音すらある。

実演にしても、録音にしても、それまでどうも掴めなかった楽曲や作曲家、演奏家に対して、霧が晴れるような爽快な景色を見ることは、この作曲家に限らず何度も起こってきたことではあるのだが、どうしてもショスタコーヴィチには異質なものを感じてしまう。例えば、ヨハネス・ブラームス(1833-1897)、グスタフ・マーラー(1860-1911)、アントニーン・ドヴォルジャーク(1841-1904)…といった作曲家ーいずれも好きになるのに時間がかかった作曲家ーとは、その過程も明らかに異なる印象を受けるのである。
実は、その大きな要因として考えつくことがないわけではない。ショスタコーヴィチには、まだ残念ながら「好きな曲」が存在しない。普段からあまり聴かない作曲家でも、ある日突然聴くようになる場合はたいてい「好きな曲」から入ることが多かったのだが、そういう感覚がこの作曲家には全くないのである。例えば、ブラームスであれば、交響曲第2番に初めて出会ったときに心がざわついた。マーラーであれば、小泉和裕(1949-)指揮、九州交響楽団による交響曲第3番の実演が全てを変えた。ドヴォルジャークであれば、交響曲第7番との出会いがこの作曲家の叙情性に惹かれる主要因となった。しかしながら、ショスタコーヴィチにはこうした恋愛的な出会いが全くない。ショスタコーヴィチが好きかと問われても、「別に特には…」という答えになるだろうし、むしろ苦手にしている部分も大きいのである。
ところで、私がショスタコーヴィチの音楽でこれまで苦手にしてきた部分とはいったい何なのだろう。例えば、交響曲第8番の第2楽章を初めて聴いたとき、好きな方には申し訳ないが、とても正直な感想として「何と鬱陶しい曲なんだ」と思わずにはいられなかった。交響曲第7番《レニングラード》のフィナーレを初めて聴いたとき、「何と暑苦しい同音反復なんだ」と思わずにはいられなかった。でも、この不快感の奥にある原因がわからず、ずっと心が疼くような心地がして、ショスタコーヴィチからは離れていった。それでも、編成の小さな交響曲第9番の軽やかなリズムや軋むような諧謔性には面白さすら感じていたことから、この観点には当初から特段苦手意識はなかったと思う。
あるとき、ショスタコーヴィチの交響曲第5番の終楽章を聴きながら、これは本当に勝利の凱旋を自発的に祝っているのかという違和感を覚えたのを思い出す。先のネルソンスとボストン交響楽団の実演の予習のために聴き始めた、セミョン・ビシュコフ(1952-)とベルリン・フィルハーモニー管弦楽団による録音を聴いていた時のことであった。ニ短調からニ長調に転じ、ドヴォルジャークの交響曲第7番のように明るいフィナーレへ向かっても良いはずなのに、どこか息苦しさを感じた。最後のティンパニの気迫の打撃には、高らかな勝利の感覚は全くなかった。そこには「祝え!祝え!」と強制され、押しつぶされるような緊張感に統制された大政翼賛的な賞賛を感じずにはいられなかった。賞賛以外は許されない、皆が全く同じ方向を向くこと以外は許されない自由度のなさがそこにはあった。まるで、「勝利を祝えないものは輪から出ていけ」と言わんばかりの圧力を堂々とかけられているような心地がした。

「ひとりの友の友となるという大きな成功を勝ち取った者、心優しき妻を得た者は彼の歓声に声を合わせよ。そうだ、地上にただ一人だけでも心を分かち合う魂があると言える者も歓呼せよ。そしてそれがどうしてもできなかった者はこの輪から泣く泣く立ち去るがよい」(ベートーヴェン: 交響曲第9番 第4楽章より)
思えば、ルートヴィヒ・ファン・ベートーヴェン(1770-1827)という作曲家も、私が長年苦手意識を感じていた作曲家だった。初めて実演で聴いた交響曲第5番に、私は嫌悪感すら感じていた。全く知らない赤の他人に、殴りかかるように物申すその無礼さが信じられなかった。たとえ偉大な作曲家様だとしても、凄まじいエネルギーで初手から罵詈雑言を吐くような口調に耐えきれなかった。そして、光がさして勝利へ向かう第4楽章の執拗なまでの反復と、なかなか終結しないフィナーレに嫌気がさした。まるで他人のことを全く信用しておらず、自らに賛成するまで説得を続けるような音楽の自己中心的な性格にどうしても馴染めなかった。それに対して、交響曲第7番は初めから好きな作品だった。全曲を通して反復が多いが、そのリズムの軽快さからむしろ楽しめていた。ただし、今から振り返ると、交響曲第5番の終楽章と第7番の終楽章の基本的な性質は同じで、ひたすらしつこい確認と反復が行われているのではないかと思う。
そして交響曲第9番。「歓喜の歌」などと言われるが、「共感できないものは去れ」という強烈なメッセージを包含している。皆で一緒に歓喜を歌おうと言いながら、共感できないものを排斥する息苦しさ。他者に自らの考えを押し付け、首を縦に振るまでしつこく説得を繰り返す第5番と本質的には変わっていないのではないかと、初めて歌詞を見たときは思ったものだ。まるで説教をされているような心地がして、ベートーヴェンもしばらく聴きたくないと思ったことすらある。ただし、交響曲第9番も初めて実演で聴いた小泉和裕指揮、九州交響楽団の実演で心底感動したのも事実なのである。なぜこれまで好きではなかった作品であのとき感動してしまったのか、なぜその後ベートーヴェンを進んで聴くようになったのかを考えると、ショスタコーヴィチと共通するものがあるように思えてならない。

ネルソンスとボストン交響楽団によるショスタコーヴィチ: 交響曲第5番。あの時感じたのは、ネルソンスの音楽づくりに対する共感である。必要以上に作品の性格を強調することなく、作品に語らせる。確かに金管の鳴りが良いアメリカのオーケストラではあるが、ネルソンスは機能性を生かしたクリアな大音響を実現し、第3楽章では極限まで弱音を絞って静電気の膜のように感じる緊張感を引き出した。前半2楽章での冷徹さから第3楽章での温かみへのテクスチュアの変化。終楽章のフィナーレも渾身の打ち込みで、大衆が称賛を煽られる様を見事に表現した。気づけば私は初めて、ショスタコーヴィチという作曲家の実演で感動していた。
小泉和裕と九州交響楽団によるベートーヴェン: 交響曲第9番。こちらで感じたのも、小泉和裕の音楽づくりに対する好みである。低弦を主体として豊かに響き、特に第3楽章の歌謡性には引き込まれた。何より小泉和裕の構造を重視した解釈は説得力が大きく、楽曲が展開するにしたがって熱を帯びていった。そして気が付けば、私はこれまで好きだと思えなかったこの作品の世界に浸っていた。
ショスタコーヴィチとベートーヴェン。両者の作品には確かに押しつけがましい同調圧力を孕んでいるのだが、ひとたび共感をしてしまうと抜けられなくなるような中毒性をも秘めているように思う。何か不満を持った際に、同じことに猛烈に怒っている主張を目にすると、皆同じように不満をもって怒りを爆発させているのだと錯覚してしまうように、また、何か自分が良いと思っているものをごく近隣の人たちだけでも猛烈に賞賛していると、皆一様に素晴らしいと感じているのだろうと錯覚してしまうように、ショスタコーヴィチやベートーヴェンの音楽には、その主張にそれまで懐疑的だった人をも思わず巻き込んでしまうような渦巻くエネルギーを感じてしまう。普段は覚えない共感を思わず覚えたとき、視野を狭めてしまうような作用があるのかもしれない。そして、共感を覚えてしまえば逃げ場はなく、楽曲が展開するにしたがってどんどん煽られてしまう。そういった物事の見方に対する客観性を見失ってしまうような魔力を持っているのだろうと思う。
ただし、これらは本当に大衆を政治的な賞賛へ向かわせるものなのか。それは逆なのだと思う。むしろ、ミヒャエル・ザンデルリンク(1967-)がベートーヴェンの交響曲第3番とショスタコーヴィチの交響曲第10番の共通項として挙げるように、それは「音楽自体は終始、英雄や王を褒め讃えて歌っているのだが、その賞賛がたびたび批判的な調子によって蝕まれる」ものであり、「虐げられている人々への連帯を表明し、彼らの測り知れない苦しみを表す言葉を見つける」役割を果たすというものであるのだろう。*1
こういった感覚を持ったこれからであっても、私にはショスタコーヴィチやベートーヴェンの魔力に憑りつかれる瞬間が数多く訪れるだろう。実際に生活している際は、世の中のあらゆる事象を客観性をもって判断できるように努めたいが、音楽を楽しむ場合は別に良いだろう。私は私なりに、「気づけばその世界に引き込まれるような不思議な感動体験」を今後も大事にしていきたいと思うのである。
リゲティ《アトモスフェール》から生き方を思う

先日、配信を通じて、ジェルジュ・リゲティ(1923-2006)の《アトモスフェール》という楽曲を聴く機会があった。今年はリゲティ生誕100周年のメモリアルイヤーであり、その100回目の誕生日にあたる5月28日に、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団がフィリップ・ジョルダンの指揮で演奏したのである。*1どこからともなく霞が広がり始め、明瞭な旋律など持たない音の重なりが膨張し、いつしか減衰して曲が閉じられる。そこには静寂があったはずなのに、いつしかざわめきのような音が多様なテクスチュアを生みながら広がり萎み、気づけば静寂に戻っている。「明確な始まりも明確な終わりも持たない」という点は、指揮者ニコラウス・アーノンクール(1929-2016)がヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756-1791)の交響曲第39番・40番・41番の3曲を「交響的オラトリオ」として解釈していた*2のと正反対の事象として印象的だった。そのような、まさに「雰囲気」「気配」を印象付ける曲に、私は面白さを感じていた。明確な始まりがあり、明確な終わりがある形式的なモーツァルトの音楽に対して、開始と終結をひけらかすことなく、いつしか生まれいつしか消えていくリゲティの音楽。その対照性について考え始めると、どんどん妄想が膨らんでいくのを私は感じていた。
参考までに、《アトモスフェール》の実際の演奏を以下に示す。
ふと思えば、新型コロナウイルスの世界的な流行が世間的に騒がれ始めた2020年2月後半当時、その流行拡大は突然のことに思われ、世界中への拡散はまさにモーツァルトの交響曲第39番の冒頭のような素早さであった。しかしながら、これはあくまで私が意識し始めた時点からの観測でしかない。大流行が始まるより前にも、新型コロナウイルスの報告や感染・死亡例などは少しずつ上がってきていたのである。そしていくらかの波を経て感染者数は増減し、現在はマスク着用規制やワクチン接種キャンペーンなどが廃止され、徐々に「コロナ前」に戻りつつある。私は、このような「コロナ禍」の挙動そのものに、リゲティの《アトモスフェール》の音楽に通じるものを感じずにはいられなかった。これはコロナ禍に特異的な事象なのだろうか。
例えば、自然的な事象を見れば、そもそも季節自体がそのような始点と終点の明確ではないものだと考えられる。例えば、我々は気温が徐々に高くなり、庭の梅に花が咲くと、春が来たと思うかもしれない。長雨が明け、太陽が容赦なく照らしつけ始めると、もう夏本番だと思うかもしれない。しかし、気温は多少の起伏はあれど、大まかに捉えれば常に漸次的に変化しているのであり、季節に明確な境界はないようなものだ。それを我々は「立春」などと言ってカレンダーに印をつけて境界を設けつつ、気温の変化や生き物の登場、旬の食べ物など五感を使って感じ取っているのであろう。
人間関係の発展にしても、明確な境界はないのかもしれない。例えば、ある人を好きになるとき、好きになったと意識する瞬間はあるかもしれないが、それは自分自身が「この人が好きだ」と確認した瞬間であり、それ以前からその人に心惹かれていたはずだと思う。愛情を告白し、相手に受け入れられることで恋人関係になる場合でも、その告白はあくまで両者の関係を新たなステップへと引き上げるために意識的に設けられた境界であり、恋人関係になるにはそもそも両者がそれまでにある程度親密な関係を築いているのではないかと思われる。
社会的な事象も同様なのではないか。例えば2022年2月から続いている本格的なロシアによるウクライナ侵攻にしても、ウクライナの国境を越えて進行する前までには、クリミア半島の編入やウクライナのNATOとの軍事演習に伴うロシア軍のウクライナ国境への軍備拡大など、予兆ともいえるさまざまな出来事が指摘されているはずである。*3
こうして考えていくと、我々を取り巻く環境での事象は、リゲティの《アトモスフェール》のように、静寂から霞が徐々に立つように生まれ、気づけば意識の外に放り出されていくのではないかという、ある種当たり前の考えが私の中に忽然と浮かんできた。我々は、本来明確な始点と終点のないあらゆる事象に関して、気づかないうちに「記念日」や「暦」といった境界を設定しているのだと。時間という秩序を与えることは社会を維持していく上では非常に重要だとは思うが、本来自然にしても、人間にしても、あるいはその集まりである社会にしても、ある瞬間突然0が1になるのではなく、徐々に気づかないところから生まれているのである。それを時間に縛られている我々が意識するタイミングが「記念日」や「境界」になり、ある瞬間以降に大ごととして捉えられるだけのことなのだろう。リゲティの楽曲が、そのようにあらゆる物事には実際には明確な始まりと終わりがないことを暗示しているのではないかと認識させられた。
岡田暁生が著書『音楽の危機』(2020)の中で、「音楽家は先の時代を予感したかのように作品を出す場合がある」という旨のことを書いていた。例えば、『音楽の危機』の中では、イーゴリ・ストラヴィンスキー(1882-1971)の《春の祭典》(1913)と翌年に始まる第1次世界大戦の繋がりについて指摘されている。《春の祭典》での既存のリズムの崩壊による「カタストロフの予告」と現実世界における第1次世界大戦での既存の体制の崩壊。ここにおいて、我々が普段聞こえていない声を聞き取って、それが作曲家に作品を書かせるのだと。それは、芸術家がそうでない人々からみると、ある意味アウトサイダーであり、「外」から「中」を客観視できるからこそなのではないかと洞察されていた。*4すなわち、芸術家は社会の変化の機微をある意味いち早く掴める人たちであり、「中」の人よりも環境変化に敏感なのだと思う。我々の周りの事象が、始めと終わりが明確ではない、膨らみを持ったものであるとしたら、こうした芸術家はその誕生にいちばん近い人の部類なのだろうと思う。だからこそ、芸術家の作品には、その時々の置かれた境遇が色濃く反映され、個性の一部になっているのだろう。
ただし、科学技術が発展する以前の人間は、もっと周りの環境変化の機微に敏感だったのだろうとも思う。現代ではポータブルプレーヤーやイヤホンを使えば、どこでも音楽を聴ける時代になった反面、鳥の鳴き声や雨の匂いなどの五感で感じる機微に対して鈍感になってしまったのではないかと私自身を振り返っても思う。もちろん溢れかえる情報の中から取捨選択して正しい情報を得て、自らの人生を決めていきたい。しかし、問題は受け取り方だと感じている。霞がどこかしら生まれどこかしらへと還っていくような、自分の身の回りにあるさまざまな事象の機微を積極的に捉えることは、自らをより敏感にし、感じる物事への解像度が高くなることで、その後の人生に役立つ些細な発見に繋がり、自分自身を豊かにするのではないかと思う。
情報が大量に溢れかえっている世界で、我々はどう生きるべきなのか。リゲティの《アトモスフェール》から、私は人生に対する教訓を得たように思う。否応なしに膨大な量の情報を浴び続け、情報に対して受動的になりすぎている現在、芸術家の感性の鋭さと気配の変化への敏感さには、参考になることも多いだろう。私もまた、膨大な量の情報を受動的な姿勢で受け止めるのではなく、連続的に生まれ、幾重もの霞が重なり合いながらその質感が常に変化していく周りの世界に対して、より鋭敏になり、解像度を上げて物事を捉えられるようにしたい。そのことこそ、実り多く豊かな人生を彩るパレットになるのではないかと私は考えている。そのために、日ごろから受動的に情報に浸るのではなく、常に自らの周りの情報に対して能動的な姿勢を取り、さまざまなハードルに積極的にチャレンジしながら、自らを養っていきたいと思う。
ショルティ&ウィーンフィルによるシュトラウス《ばらの騎士》(1968-'69年)
普段あまりすすんで聴かない指揮者のひとりがサー・ゲオルグ・ショルティ(1912-1997)である。もともと私はショルティの音楽が苦手で、聴くのをためらってきたのだが、シカゴ響とのベルリオーズ《幻想交響曲》*1などを聴くうちに、ショルティでも好きな音源も増えてきた。今回取り上げるウィーンフィルとのシュトラウス《ばらの騎士》は、初めて聴いたときにはやはり苦手意識が残ったのだが、それ以来少しずつショルティの他の音源も聴いてきたので、今聴いてみるとどのように聴こえるのか楽しみであった。

オーケストラはウィーンフィルなのだが、やはりショルティが振るとアンサンブルが引き締まり、硬質な響きへと変化する。第1幕前奏曲から速いテンポで引っ張り、ホルンをはじめとする金管の鳴りもウィーンフィルとは思えないほどだ。また、拍節感がしっかりとしているのもショルティならではで、例えば第1幕の朝食のシーンでは、他の演奏と比べて、ホルンに明瞭に刻ませている。弦もかなり硬質で、アクセント付けや強弱表現、グリッサンドなども明晰で、余計な情感を排除した解釈のように思われる。明確な表現と陰影をできるだけそぎ落とした響きは充実したキャスト陣の明晰な発音とも合致し、オーケストラと歌唱のそれぞれが持つ「意味」を補完しあっているように思う。すなわち、オーケストラではオクタヴィアンや元帥夫人マルシャリンの音型などを明らかにし、歌唱での歌詞と対応させることで、歌詞の奥に含意が表現されていると思うのである。その明確な表現に必要なのが、ショルティが求める各楽器の芯のしっかりとした「発音」だと考えられる。
例えば、第1幕でオックス男爵が登場する直前では、金管の大袈裟なようにさえ思われる強奏が印象的だ。オックス男爵が登場している場面と登場していない場面との間に明確な区別をつけたかったのだろうか。確かにオックス男爵が登場している場面の「ワルツ」に特筆される陽気さ、いわば「オペレッタ的」な感覚と、元帥夫人マルシャリンのモノローグや第3幕フィナーレの三重唱など、マルシャリンのみが登場している場面でのシリアスな感覚の描き分けという意味で、このトゥッティの強奏は非常に大きな役割を果たしているのかもしれない。
ショルティのこんなにも曇りなくくっきりと輪郭を描くような演奏は、過去のウィーンでの《ばらの騎士》とは明らかに一線を画している。特に随所で金管を鳴らすなど、ショルティの特徴が演奏を非常にドラマティックなものに仕上げていると思う。個人的には強弱のつけ方が場面によっては過剰に思われる部分もあったが、切れ味鋭く、幅広い強弱付けをもたらし、明晰な表現を志向するショルティの音楽づくりは、シュトラウスの書いた複雑な楽譜を細部まで炙り出すとともに、物語の展開に緊張感を与えるという点では印象的なものである。また、ショルティの個性的な音楽により、「ここにスネアがあったのか」などと新しく発見することも多かったのである。

キャストの中でもまず注目すべきなのは、レジーヌ・クレスパン(1927-2007)による元帥夫人マルシャリンであろう。クレスパンはフランス人のソプラノだが、バイロイト音楽祭への出演からも分かるように、ワーグナーでの当たり役も多かった*4。実際にクレスパンのマルシャリンを聴いてみると、ドイツ語の明晰な発音が魅力的であるだけではなく、全体的に歌唱に余裕を感じられ、性格付けも非常に細やかだ。また、しっとりと柔らかく、完璧にコントロールされた瑞々しい声には、マルシャリンの気品が存分に感じられる。ひょっとするとそれは《カプリッチョ》の伯爵夫人マドレーヌのフランス貴族の気品に通じるものなのかもしれない。感情表現を取り出して言えば、特に第1幕のモノローグでは、初めは透明感のある声で歌ってたのが、オーケストラが速度を落とし、翳りを与えていくにしたがって、どんどん暗い声へと落ち込んでいく様子は見事だった。確かにクレスパンの柔らかい声には包容力があるが、しっかりと方向性が定まっており、決してビブラートが大きくなりすぎず、老け込みすぎないのがかなり魅力的である。第1幕のモノローグでも、その後のオクタヴィアンとの二重唱でも、声色の変え方は確かな技術に裏付けられた素晴らしいものであり、明晰な発音も崩れずに、マルシャリンの心の内が滲むように表現されるのには、思わず感情移入しそうになってしまう。
そして何と言っても魅力的なのがマンフレート・ユングヴィルト(1919-1999)のオックス男爵である。ユングヴィルトはオーストリア人のバスで、オックス男爵は当たり役のひとつにしていた。映像記録として、カルロス・クライバー(1930-2004)指揮、バイエルン国立歌劇場の1979年のライブがある*5。今回のショルティ&ウィーンフィルによる録音はそれよりも10年前のものであるが、すでにユングヴィルトは訛りやコミカルな性格付けなどに長けていたことが伺え、充実のオックスを演じ切っている。それにしても、味付けは濃いように見えて濃すぎない匙加減は、この時代に活躍したオックス歌いに共通してみられる魅力で、ユングヴィルトだけでなく、例えばカール・リッダーブッシュ(1932-1997)やテオ・アダム(1926-2019)などが挙げられる。粗野な面は見せつつも、田舎貴族ではあるが、貴族として気品を残すユングヴィルトのオックスは聴いていて頷かされる部分が非常に多い。特に第2幕のオックス男爵のワルツではオーケストラの弾みを生かし、やや禁欲的なオーケストラに「古き良きウィーン」の味がついているのがまた良い。
オクタヴィアンを歌うのはイヴォンヌ・ミントン(1938-)である。非常に若々しく、凛々しいオクタヴィアンだという印象を初めに持った。ミントンは非常に幅広い声域で知られた歌手だが、オクタヴィアンでもそれが無理なく歌唱に行かせているだけでなく、繊細な表現を可能にしている。例えば、第1幕のフィナーレでのマルシャリンとのモノローグでは、落ち込むマルシャリンを情熱的に引き止めたり、第2幕のオックス男爵が登場する前のゾフィーとの二重唱では心ときめかせたり、歌い方の端々に無理のない工夫が感じられるのが素晴らしい。全ての工夫にわざとらしさが全くなく、それでいてオクタヴィアンの心情変化を的確に掴んでいるのである。1972年にミントンはオクタヴィアン役でメトロポリタン歌劇場デビューを果たしている。
ゾフィーを歌うヘレン・ドナート(1940-)はゾフィーを得意にした歌手のひとりであるが、この録音では初々しいゾフィーを演じ切っていて魅力的である。特に第2幕冒頭などは結婚に心弾む様子が伝わるような、上へ上へと意識された歌唱である。混じりけのない張りのある声は素直に美しく、純真なゾフィーが聴いて取れる。第3幕でマルシャリンと対面し、恐縮しつつ恥じ入る様子や第3幕フィナーレで希望と不安の両方を抱えたように感じられる歌唱は、ドナートの真骨頂と言えるだろう。
そしてここまで明晰な音楽づくりをしているショルティだが、第3幕フィナーレの三重唱で三者三様の歌唱とそれを支持するオーケストラの関係が比較的はっきり聞き取れるのはこの録音ならではだろう。本来この三重唱は管弦楽と声楽による巨大な「交響詩」的な音楽であるため、素直に塊として聴かせようとするのなら、美しく恍惚とするような響きに包まれる心地になるだろう。ショルティの場合、ウィーンフィルの本来のシルキーな響きを生かしながらも、卓越したバランス感覚から、投網のように各歌手と各楽器の対応関係がはっきりとわかるのが非常に面白い。歌詞が明瞭に聴き取れるというよりは、どの歌手とどの楽器が対応しているかを改めて知ることができる演奏のように感じられた。なお、ショルティはシュトラウスの葬儀の折にもこの三重唱を指揮したことが知られている*6。

ファニナルに熟達のオットー・ヴィーナー(1911-2000)、ヴァルツァッキに経験豊富なマレイ・ディッキー(1924-1995)など、他のキャストも非常に充実している。DECCAらしいのは、イタリア人テノールに若き日のルチアーノ・パヴァロッティ(1935-2007)をキャスティングしているところであろうか。ただ、パヴァロッティが歌うこの役には少し違和感があった。イタリア風アリアのパロディであっても、このテノールが歌うアリアはイタリア・オペラのスターが歌うとなぜか違和感があるように思う。
上品さが滲むクレスパン、粗野ながら貴族を体現した最高のユングヴィルト、若々しく瑞々しいミントンとドナートをはじめとする充実のキャストもかなり魅力的ではあるのだが、何と言ってもやはり、この録音で重要な点は、完全ノーカットであるところだろう。過去にエーリッヒ・クライバーが同じくウィーンフィルとセッション録音したものが確か完全ノーカットだと記憶しているが、特にライブではシュトラウス自身が認めたものとはいえ、カットが多いものもたくさんある。そのため、シュトラウスの書いた《ばらの騎士》の全容を知るのにこうしたノーカットの録音は重要である。ショルティがウィーンフィルと録音したこの《ばらの騎士》の録音は決して私の好みに合うものとは言えないものの、貴重な完全ノーカット盤としてこの録音も今後の《ばらの騎士》の鑑賞に役立てていきたい。
*1:ゲオルグ・ショルティ/ベルリオーズ:幻想交響曲 リスト:交響詩《前奏曲》
*2:Georg Solti conducting at the Royal Opera House © Anthony … | Flickr
*3:1969 Der Rosenkavalier | Seattle Opera - 50th Anniversary
*4:レジーヌ・クレスパンさん逝去|HMV&BOOKS onlineニュース
*5:『ばらの騎士』全曲 シェンク演出、カルロス・クライバー&バイエルン国立歌劇場、ジョーンズ、ファスベンダー、他(1979 ステレオ)(2DVD) : シュトラウス、リヒャルト(1864-1949) | HMV&BOOKS online - UCBG-9281/2
*6:ゲオルク・ショルティ 世界を制した「マジャール気質」|NIKKEI STYLE
*7:Artist "Wiener Philharmoniker & Sir Georg Solti" | HIGHRESAUDIO