Eine wienerische Maskerad' - und weiter nichts?

Oper, Wiener Walzer, ein bisschen Symphonie, usw.

「自然に光を当てて陰を照らし出すように」 ー フィリップ・ジョルダン

Herzlichen Glückwunsch zum Geburtstag,

lieber Maestro Philippe Jordan!!

 

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フィリップ・ジョルダンパリ・オペラ座管。2021年9月の音楽監督退任記念公演。リスト《ファウスト交響曲》とワーグナーパルジファル》第3幕というプログラムだった。*1

 

 10月18日は私の音楽鑑賞人生を変えてくれた指揮者、フィリップ・ジョルダン(1974-)の誕生日。今やウィーン国立歌劇場音楽監督を務めるマエストロも47歳を迎えた。スイス・ロマンド管のシェフなどとして名を馳せた巨匠アルミン・ジョルダン(1932-2006)の長男としてスイスのチューリッヒに生まれ、同地の音楽学校で学んだ後、ウルム市立歌劇場のコレペティトールとしてキャリアをスタート、後に同歌劇場のカペルマイスターとなった。1998年から2002年まではベルリン国立歌劇場音楽監督ダニエル・バレンボイム(1942-)のアシスタントを務めていた。27歳でグラーツ歌劇場の音楽監督となり、2009年に35歳でジェラール・モルティエ(1943-2014)総裁の下でパリ・オペラ座音楽監督に就任、以後12年間この地位にあって精力的な活動を行ってきた。「歌劇場叩き上げ」の指揮者としてキャリアを積むことには、同じくカペルマイスターの道のりを踏んだ父アルミン・ジョルダンの強い薦めがあったという。加えて、幼いころからフィリップ・ジョルダンは父の指揮するオペラのプローベや実演を通じてかなりオペラに対する愛好を深めており、「オペラをコンサートよりも好んでいたことも歌劇場で研鑽を積む方針に決めた理由」と本人は語っている。*2

 パリ・オペラ座で特に力を入れたのは自身の敬愛するワーグナーで、リング・ツィクルスを繰り返し行うなど、パリでのワーグナー上演にはとりわけ熱量を傾けた。パリでの最後のシーズンとなった2020/21シーズンも、ジョルダンはその集大成となるリング・ツィクルスを指揮している。ジョルダンは2020/21シーズンよりウィーン国立歌劇場音楽監督に就任したが、そこでもワーグナーモーツァルトには特に力を入れていきたいと語っている。とりわけモーツァルトにおいては、特にこの作曲家のオペラで名高いオペラ演出家のジャン=ピエール・ポネル(1932-1988)に直接レチタティーヴォの処理等を学んだベルリン時代の師バレンボイムに基本を学んでおり、ジョルダン自身も「2025年までには少なくともダ・ポンテ・オペラの新演出を披露する予定」とかなり意欲的だ。*3まず手始めに2021年2月には《フィガロの結婚》がポネル演出に再演出として戻された。*4また、今シーズンには《ドン・ジョヴァンニ》の新演出が披露される予定だ。*5

 フィリップ・ジョルダンパリ・オペラ座と多くの録音を残している。数々のオペラ映像の他、ベートーヴェン交響曲全集*6チャイコフスキー交響曲全集*7というふたつの交響曲全集を映像収録し、2009年音楽監督就任記念コンサートでのシュトラウスアルプス交響曲*8ムソルグスキー展覧会の絵》とそのカップリングでのプロコフィエフ交響曲第1番*9ストラヴィンスキー春の祭典》とカップリングでのドビュッシー《牧神の午後への前奏曲》《ボレロ*10、そしてマエストロが敬愛してやまないワーグナー管弦楽曲*11などが含まれる。中でも《アルプス交響曲》での解像度の高さは特筆すべきで、ジョルダンがいかにこの複雑な楽曲を明快に聴かせることに長けているかを思い知らされる。各場面がパノラマとして浮かんでくるような壮大な音絵巻には、聴くたびに息を呑む。実際にジョルダンの明瞭に構造を聴かせる解釈はシュトラウス大編成において特に鮮やかに引き立ち、とりわけ《アルプス交響曲》はパリ・オペラ座音楽監督就任記念に取り上げただけでなく、2021年1月のウィーンフィル定期初登壇でも取り上げた彼の十八番のひとつである。*122022年1月にはジョルダンベルリンフィルにこの曲でデビューすることになっている。*13

 また、《展覧会の絵》や《古典交響曲》、あるいは《春の祭典》といったロシアの作曲家による楽曲についても、フィリップ・ジョルダンは純粋にその楽曲の特質を引き出すような演奏スタイルをとっている。例えば《展覧会の絵》においては、ロシアの指揮者などは特に「怖さ」を感じさせるような演奏になることが多いように思うが、ジョルダンラヴェルオーケストレーションの美質をいかんなく引き出し、色彩豊かにまとめている。《春の祭典》についても同様で、バレエ音楽をパリでやる意味を考えさせられるような、パリのオーケストラのしっとりとした質感を残しつつ光を当てたような、美しさを感じさせる演奏である。

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2021年1月に無観客で開催されたウィーンフィル定期演奏会で《アルプス交響曲》を指揮するフィリップ・ジョルダン。正確・確実なアインザッツを送り続ける左手は特に魅力的だ。*14

 

 ジョルダンは2014年よりウィーン響の首席指揮者を昨年まで務めていた。ジョルダンはウィーン響とも多くの録音を残している。中でも特筆すべきは、ベートーヴェン交響曲全集*15ブラームス交響曲全集*16というふたつの交響曲全集である。とりわけベートーヴェン交響曲全集は私がフィリップ・ジョルダンという指揮者に魅力を見出しただけでなく、これまで全く魅力的に思えなかったベートーヴェンという作曲家に魅力を見出した録音である。ベートーヴェンのリズム動機を生かした推進力、きめ細やかに明瞭に聴かせた旋律。構造的に聴かせつつも決して押しつけがましさがなく、非常に聴きやすくも毎回聴くたびに新たな発見があって新鮮だ。ベートーヴェンという作曲家が書いた楽譜が脳裏に浮き立って見えてくるような情報量の多い演奏には、初めて聴いたときからとても興奮した。このベートーヴェン交響曲全集の中でもとりわけ感銘を受けたのが交響曲第3番で、全体的に推進力がある演奏でも、特に「葬送行進曲」での織り成すような美しい和声を引き出した第2楽章には非常に驚かされた。

(今ではこのベートーヴェン交響曲全集はボロボロになってしまった…)

 

 

 「楽譜が見えてくる」という意味では、ブラームスは非常に良い成果として挙げられるだろう。ブラームスの4曲の交響曲をこの指揮者で聴くと、いかに楽曲の細部まで緻密に書かれているかが明確に見えてくる。例えば、交響曲第2番第1楽章再現部をジョルダンの録音で聴けば、その冒頭部分で第1主題群の2つの主題がオーボエヴィオラによってこんなにも美しく重なり合っていることに容易に気付かされ、感動するだろう。あえて2つの主題を描き出すようにして解釈するのではなく、本人の言うように楽曲に「自然に光を当てて陰の部分を照らし出す」ように解釈するスタイル*17が最もよく生きた例のひとつであり、聴き手にも自然に情報量の多いジョルダンの音楽は入ってくるという点で魅力的だ。もちろん他の番号においてもこのスタイルは一貫しており、交響曲第4番では特に伏線回収が明快で感動的だった。交響曲第1番では重厚なオーケストレーションからか、多少作為的に聴こえる部分もあったが、いずれにせよ解像度の高いジョルダンの音楽づくりは、生き生きとした音楽の中でも崩れず、非常に興味深い示唆を聴き手に与えてくれる。今では私のお気に入りのブラームスだ。

 ウィーン響との成果としては、ベルリオーズ幻想交響曲》《レリオ》*18シューベルト《未完成》《大ハ長調*19などが他に挙げられる。いずれも色彩感豊かな素晴らしい演奏である。チャイコフスキー交響曲第6番はジョルダンの「照らし出す」解釈がチャイコフスキーの旋律美を際立たせた美しい演奏で、こちらも魅力的である。*20

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ニューヨーク・メトロポリタン歌劇場ワーグナーのリング・ツィクルス《ワルキューレ》を指揮したフィリップ・ジョルダン(2019年)。*21音楽監督ジェイムズ・レヴァイン(1943-2021)はラジオで聴いた《ワルキューレ》の公演後にジョルダン本人に電話をかけるほどの興奮ぶりで、その後ジョルダンレヴァインとの交流を深めたという。*22

 

 体全体で流れるように表現し、左手から正確なアインザッツを送るジョルダンの指揮姿と、そこから生み出される情報量の圧倒的な音楽。スコアに裏打ちされた強靭な構成力とそれを土台に組み立てられる解像度の高い音楽。楽曲の陰となっている要素をあえて彫り出さず、本人の言う「純粋に光を当てて陰の部分を照らし出す」解釈と生み出される色彩感の豊かな音楽。聴くたびに新たな発見がある新鮮さに、まさに "begeistert" な感情を抱き続けさせるフィリップ・ジョルダンの音楽は、私にとっては宝物である。フィリップ・ジョルダンに出会えたからこそベートーヴェンにもブラームスにも開眼するなど、今まで聴いてこなかった作曲家をすすんで聴くようになった。今度は恐らくまだまだ苦手なワーグナーの面白さをジョルダンは私に伝えてくれるだろう。

 また、フィリップ・ジョルダンの音楽を聴くことは、私の音楽鑑賞の姿勢も変えてくれた。すなわち、幅広い年代の録音を聴くことの大切さである。クラシック音楽を聴いているとどうしてもかつての名盤に注目しがちだが、現在のアーティストがどのような音楽を作ってきているのかを知ることはとても有意義なことである。私もジョルダンを聴き始める前までは、カルロス・クライバーを敬愛し、彼の録音を頻繁に聴いていた。しかし、クライバーの決して数が多いとは言えない録音も、30年から50年前のものなのだ。古い録音を聴いて過去の巨匠たちがどのような音楽を作り、どのような伝統を築いてきたかを知ることは確かに大切だが、それと同時に過去を踏まえて現代の指揮者たちがどのように新しい解釈をもたらすかも非常に興味深い。フィリップ・ジョルダンという指揮者と出会い、彼の音楽を積極的に聴くようになったことで、アンドリス・ネルソンス(1978-)を始めとするジョルダンと同世代の指揮者の録音にも手を出し、幅広い世代を満遍なく鑑賞できるようになったことは、きっと私の音楽鑑賞を豊かにしてくれているだろう。

 

 Ö1がウィーン国立歌劇場の新演出などを放送してくれるおかげで、ジョルダンのオペラに触れる機会も増えた。高い解像度が生かされたシュトラウスばらの騎士*23、「レチタティーヴォはダ・ポンテ・オペラのモーター」と語る*24ジョルダン自身がチェンバロを弾いたモーツァルトフィガロの結婚*25、濃厚に陰影をつけるのではなく、すっきりとヴェルディオーケストレーションを生かしながら理性的に影を照らし出した《マクベス》。*26ジョルダンのオペラづくりの手腕にも今後どんどん触れ、ウィーン国立歌劇場での活躍に期待していきたいと思う。

 ポストをウィーン国立歌劇場音楽監督に絞り、今後ますますフィリップ・ジョルダンはウィーンでの活動に注力していくと思われるが、機会があれば実演にも必ず触れたい。録音でこれだけ情報量の多い演奏なら、実演ではすべてを追いきれるか分からないぐらいの圧倒的な情報量の多さに違いない。コロナ禍が収まり、海外へ渡航できるようになったら、真っ先にウィーンへ出向いて、現地でジョルダンのオペラに触れることにしている。

 フィリップ・ジョルダンの音楽と出会い、さまざまな魅力に触れながら気づいたこと、得られた収穫を糧に、今後の音楽鑑賞人生を豊かにしていきたいと思う。

 

 それでは改めて。

 Ich wünsche Ihnen alles Gute zum 47. Geburtstag, lieber Maestro Philippe Jordan!!

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2020年9月からウィーン国立歌劇場音楽監督に就任したスイス人指揮者フィリップ・ジョルダン*27

 

*1:The moving farewells From Philippe Jordan to “his” Audience And “his” Orchester De l’Opéra De Paris, Around Liszt And His Dear Wagner.

*2:Jordan, P. "Der Klang der Stille" (2020)

*3:Jordan, P. "Der Klang der Stille" (2020)

*4:„Le nozze di Figaro“ am 04.02.2021 | Spielplanarchiv der Wiener Staatsoper

*5:Don Giovanni | Premieren 2021/22 | Wiener Staatsoper

*6:フィリップ・ジョルダン/ベートーヴェン: 交響曲全集

*7:フィリップ・ジョルダン/チャイコフスキー: 交響曲全集(第1~6番)

*8:アルプス交響曲 P・ジョルダン&パリ・オペラ座管弦楽団 : シュトラウス、リヒャルト(1864-1949) | HMV&BOOKS online - V5233

*9:ムソルグスキー:展覧会の絵、プロコフィエフ:古典交響曲 フィリップ・ジョルダン&パリ・オペラ座管弦楽団 : ムソルグスキー(1839-1881) | HMV&BOOKS online - WPCS-13658

*10:フィリップ・ジョルダン/春の祭典|HMV&BOOKS onlineニュース

*11:フィリップ・ジョルダン/ワーグナー管弦楽曲集|HMV&BOOKS onlineニュース

*12:5. Abonnementkonzert (ohne Publikum) - Wiener Philharmoniker

*13:Philippe Jordan dirigiert Strauss’ »Alpensinfonie«

*14:Philharmoniker allein mit Philippe Jordan - Musik - derStandard.at › Kultur

*15:P・ジョルダン&ウィーン響/ベートーヴェン:交響曲全集(5CD)|クラシック

*16:P・ジョルダン&ウィーン響/ブラームス:交響曲全集(4CD)|クラシック

*17:Ö1のドキュメンタリー, 2021年4月4日

*18:フィリップ・ジョルダン/ベルリオーズ: 幻想交響曲/レリオ

*19:交響曲第9番『グレート』、第8番『未完成』 フィリップ・ジョルダン&ウィーン交響楽団 : シューベルト(1797-1828) | HMV&BOOKS online - WS009

*20:交響曲第6番『悲愴』 フィリップ・ジョルダン&ウィーン交響楽団 : チャイコフスキー(1840-1893) | HMV&BOOKS online - WS006

*21:Conductor Philippe Jordan and Cast | Metropolitan Opera Hous… | Flickr

*22:Jordan, P. "Der Klang der Stille" (2020)

*23:„Der Rosenkavalier“ am 18.12.2020 | Spielplanarchiv der Wiener Staatsoper

*24:Jordan, P. "Der Klang der Stille" (2020)

*25:„Le nozze di Figaro“ am 04.02.2021 | Spielplanarchiv der Wiener Staatsoper

*26:„Macbeth“ am 10.06.2021 | Spielplanarchiv der Wiener Staatsoper

*27:Philippe Jordan Will Lead the Vienna State Opera. Can He Bring Peace? - The New York Times