#今聴きたい歌手50選 第13回 ~チェン=レイス~
最近更新できずにいたが、九響定期を2日間堪能したり、福岡に来られた方とお会いしたりと充実した時間を過ごしていた。気が付けばもうすぐ9月も終わるのである。この夏休みに何をしていたのか、十分に勉強できたのかなどと考えると正直怪しいが、それでも例年の夏休みに比べたら読書量は多かったと思う。特に専攻科目関係の本はよく読んだ方だと思うし、興味も理解も深まったと思う。
さて、そんな中、今日も歌手の紹介を行っていきたい。今日も女声。私の大好きなゾフィーを紹介したい。
チェン=レイス(1978-、イスラエル)
チェン=レイスはイスラエル人の気鋭のソプラノである。最近では私のいちばんの理想のゾフィー(ばらの騎士)。「明確な発音を備えた銀色の美声」「シュトラウスのオペラにふさわしい声を持つオペラ歌手のひとり」などと評される。ズービン=メータに見いだされてバイエルン国立歌劇場のアンサンブルメンバーとなった。*2 2011年からウィーン国立歌劇場で活躍し始め、現在ではこの歌劇場を代表するようなシュトラウス歌いである。最大の当たり役はゾフィー(ばらの騎士)であり、ウィーンでこの10年間で既に24回も歌っている。*3 他にズデンカ(アラベラ)、マルツェリーネ(フィデリオ)、セルヴィリア(皇帝ティートの慈悲)、パミーナ(魔笛)、スザンナ(フィガロの結婚)など、シュトラウス、モーツァルトなどのドイツ・オーストリア系のレパートリーを中心に歌っている。そのほか、アディーナ(愛の妙薬)も当たり役である。*4 若々しく張りのある声がとりわけ特徴的なソプラノで、張りはあるのに決してとがっておらず、柔らかな響きが特徴である。直線的に抜けるような歌唱はズデンカ(アラベラ)やゾフィー(ばらの騎士)などの若く前向きな役にはとりわけ向いている。絞られたような細い声の繊細さは、いじらしさの表現にはぴったりである。高音に至るまで決してフラットにならず、伸びやかに心地よく響いてくる。決して声量があるわけではないが、それでも特徴的なその声には他の歌手にはない格別な品格と初々しさが備わっており、埋もれてしまうことがない。そういう理由で、最近のゾフィー歌いの中では、エリン=モーリーやダニエラ=ファリーなどと同等かそれ以上に推しているゾフィーなのである。
私がこの歌手を知ることができたのが、ウィーンで実演に触れた《ばらの騎士》。前回紹介したステファニー=ハウツィールがオクタヴィアンであった。アダム=フィッシャーの指揮でのウィーン1001回目の公演。ゾフィーという役には私自身、このオペラを聴き始めてから思い入れが深い役で、レイスの歌唱が楽しみで仕方なかったのだが、オーケストラが盛り上がって収束した後のレイスの第1声から期待以上の歌唱で、大好きなオペレッタ的な第2幕は本当に夢のようだった。オックスはウィーン出身のバンクルであり、ファニナルを演じたマルクス=アイヒェも本当にうまかったというのもあると思う。しかし、忘れてはいけないのがこのレイスのゾフィーであり、以降私はこの歌手に惚れ惚れとしてしまうことになるのである。
ウィーンで聴いた《ばらの騎士》のゾフィーでは、張りがあっても品と伸びが印象的だった。そして何より、しなやかで可変的、あるいは可塑性のある声が、ゾフィーの感情表現を作り上げるのに大きく寄与しているのが聞き取れた。どのような感情表現、性格付けを行っても、決して歌唱が汚くならず、美声を保ち続けているのはとりわけ感動的だった。さらに、演技力にも目を見張るものがあった。ゾフィーらしさ、第2幕冒頭の興奮を抑えようとしているいじらしさ、そしてついに抑えきれなくなったときの可愛らしさ、銀のばらの献呈での緊張感、オクタヴィアンと打ち解ける過程…すべてが理想的で、このオペラの世界にぐいぐいと引き込まれるような感覚が新鮮だった。
レイスは2020/21シーズンはウィーン国立歌劇場には登場しないが、2020年10月にローマ歌劇場のモーツァルトの《ツァイーデ》に登場(ガッティ指揮)、2021年1月にはフランス放送管のベートーヴェンの交響曲第9番(ヴァシリー=ペトレンコ指揮)、チューリッヒ・トーンハレ管のメンデルスゾーンの交響曲第2番《讃歌》(パーヴォ=ヤルヴィ指揮)などに登場する。また、公演中止になってしまったが、2020年12月のヘンデルの《アリオダンテ》にも登場予定であった。*6
それではこの辺で。