Eine wienerische Maskerad' - und weiter nichts?

Oper, Wiener Walzer, ein bisschen Symphonie, usw.

#今聴きたい歌手50選 第11回 ~ヴォルフガング=バンクル~

 ようやくテストが終わり、夏休みがやってきた。とはいえ、もうすぐ実習も始まるのでつかの間の夏休みということになる。今日みたいなフリーな日は家で音楽をゆっくり聴きながら、疲れを癒していきたいところである。今日はボスコフスキー指揮のウィーンフィルニューイヤーコンサートを聴きつつ読書とドイツ語の勉強をしたい。最近では珍しくなった、生粋のウィーン人による、「飾らない粋」を体現した絶妙な解釈のウィンナ・ワルツにある種の懐かしさを感じながら聴いている。

 ウィンナ・ワルツ、あるいはウィーンフィルニューイヤーコンサートだけに限らず、オペラに関しても生粋のウィーン流と呼ばれる人は今では少なくなっている感じがする。1960年代から1980年代にかけて活躍したウィーン出身のオペラ歌手を挙げてみると、エーベルハルト=ヴェヒターやヴァルデマール=クメント、ヴァルター=ベリー、エーリッヒ=クンツなど、オペレッタで活躍した歌手の名前が続々と挙げられる。こうした歌手の歌いまわしや発音には独特なものがあり、オペレッタだけでなくドイツ語のオペラ、中でもウィーンを舞台としているオペラ、すなわち《アラベラ》や《ばらの騎士》などで聴いても素晴らしい。

 やはり国際化が進んだこともあり、最近の歌手にこうしたウィーン独特の表現をできる歌手も少なくなってきているように感じる。それでも、その表現力が魅力の歌手はいて、例えばウィーン生まれのこの歌手は、正統なウィーン流の歌い方を継承する歌手だと思っている。

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ヴォルフガング=バンクル(オックス男爵、ばらの騎士)。ウィーン国立歌劇場(2019年3月)。*1

  ヴォルフガング=バンクル(1960‐、オーストリア

 ヴォルフガング=バンクルはウィーン生まれの歌手である。ヴァルデマール=クメントの弟子であり、ウィーン国立歌劇場で1993年から長年活躍してきたベテランである。*2 ウィーン国立歌劇場では2013年にオーストリア宮廷歌手になるまでに、74のレパートリーを歌い、合計900回の舞台経験を誇っている。*3 その中にはパパゲーノ(魔笛)、レポレッロ(ドン・ジョヴァンニ)、フィガロフィガロの結婚)、オックス男爵(ばらの騎士)、ヴァルトナー伯爵(アラベラ)、医師(ヴォツェック)、ラ・ロッシュ(カプリッチョ)などの役が含まれており、中でも喜劇役は当たり役中の当たり役とされている。長年に渡るウィーンでの舞台経験から、脇役から主役に至るまで広範なレパートリーがあり、今でもウィーン国立歌劇場への登場回数は多い。*4

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筆者が実演に触れたウィーン国立歌劇場での《ばらの騎士》(2019年3月)。

左からヴォルフガング=バンクル(オックス男爵)、アドリアンヌ=ピエチョンカ(マルシャリン)、ステファニー=ハウツィール(オクタヴィアン)、チェン=レイス(ゾフィー)、アダム=フィッシャー(指揮)、マルクス=アイヒェ(ファニナル)。

 私は幸運にも、バンクルのオックス男爵をウィーン国立歌劇場で聴くことができた。もともとオックス男爵にはピーター=ローズというイギリス人バスが起用されていたが、体調不良により宮廷歌手バンクルが代役として出てくることになった。名前からしてウィーンの歌手なのだろうと予想はついていたが、彼が私の大好きなテノールのクメントの弟子であることは後から知った。

 バンクルのコミカルな歌いまわしは、往年のオックスのオットー=エーデルマンを彷彿とさせるようなものであった。エーデルマンは1960年ザルツブルク音楽祭ライブの、カラヤン指揮の《ばらの騎士》でのオックス、1958年ザルツブルク音楽祭ライブの、カイルベルト指揮の《アラベラ》のヴァルトナーで、独特のウィーン訛りと気品、コミカルでオペレッタ的な歌いまわしが魅力的だったバスである。バンクルのオックス男爵は、理想とするエーデルマンのオックス像と容易に重なる。例えば第2幕のフィナーレ(オックスのワルツ)では柔らかな母音が特徴的であったし、下から上に持ち上げるようなフレージングには懐かしさを感じた。《ばらの騎士》の中でも、オックスが舞台に上がっている部分はシリアスなことを何も考えずに音楽に身を任せられる部分だと私は考えていて、やはりそこには「オペレッタ」の感覚が生きてくるのだと思う。そのコミカルな歌いまわしと演技力がオックスの人物像を作り上げ、オックスの生き方を感じさせるのだと思う。バンクルのオックスはその点、"Mit mir, mit mir, keine Nacht dir zu lang"という歌詞に表れているように、「楽しく時を過ごす」というオックスの喜劇的な存在を体現した素晴らしいものであった。持ち前の立体感のある、太く、それでいて若々しさも感じるような声もそこにしっとりとした深みを与えていて、ウィーンに来た喜びはここにあったのだなと心の底から思わせてくれたオペラ歌手だった。この歌い方はおそらくウィーンの訛りが見についている歌手でないと難しいと思う。時折ルバートをかけて、オケのリズムに対してあえて浮かせて歌ったり、本来の音階から少しダイアローグ気味に変えて歌ったりといった名人芸を聴かせてもらった気がする。演技についても、多少オックスの下品なところを見せつつも、基本的にはオックスにも田舎貴族とは言えど、「男爵」という地位を成金貴族のファニナルや(オクタヴィアンが扮している)小間使いのマリアンデルに対して連呼するだけのことはある、貴族らしい(とはいえ田舎貴族だと分かるぐらいの)それなりの品格を備えているオックス像で非常に素敵な解釈だった。カーテンコールでは出てきた瞬間にブラボーを飛ばしてしまったのは言うまでもない(笑)。

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ヴォルフガング=バンクル(ヴァルトナー伯爵、アラベラ)。ウィーン国立歌劇場*5

 バンクルに関してはウィーン国立歌劇場のストリーミングでヴァルトナー伯爵(アラベラ)も鑑賞した。こちらもオックスと同様、ウィーンの訛りの生きた、エーデルマンに近い解釈のものだった。私自身、この歌手のすばらしさを再認識させられることになったし、今後も聴く機会があればぜひ聴きたい歌手である。

 

 バンクルはウィーン国立歌劇場では2020/21シーズンは、2020年11月にセバスティアン=ヴァイグレ指揮で、お得意のヴァルトナー伯爵(アラベラ)を歌うことになっている。タイトルロールは安定感抜群のハンナ=エリーザベト=ミュラー、ズデンカにはカナダのソプラノで、2006年に夜の女王(魔笛)でウィーンデビューを果たした*6 ジェーン=アーチボルド、立体感のある声が持ち味のミヒャエル=フォーレのマンドリカで、いずれも注目の配役である。そしてフィアカーミリには、この役を大変得意としており、ウィーンのコロラトゥーラの顔となりつつあるダニエラ=ファリーが起用されている。*7